「まるで引かれ合ったみたいだよね、わたしたちって」
帰り道、茶化してるとも本気とも分かんないような調子で彼女は、前触れもなくそんなことを言い出した。そんな彼女はきっとオレより純粋で夢見がちで、たまに年の違いだって忘れさせるし、時にはむしろ向こうの方が幼く感じてしまうことさえある。けど突きつけられてる現実は必要以上にシリアスで容赦なくて、淡い夢を見ることも許さない。二人の間が、本当は決して縮めることのできない時間という距離に隔てられている限り。 厚く垂れ込めた雲の下で、踏みしめた足元の落ち葉がかすかな音を立てる。吹き抜けてく木枯らしの冷たさに思わず身を固くしつつ、どこまでも続くような海沿いの歩道をオレたちは並んで歩く。
それなら、あともう少しだけそんな奇跡の続きを。たとえば、このまま時の流れが止まるとか。 「……わたしね、どうやってても、きっとどこかでニーナとは出会ったと思うな」 両側に街路樹の並ぶ歩道を歩きながら、奇跡を期待するオレの今の気持ちを汲んだようにそう言ってくれた彼女はけれど、寂しそうに視線を枯葉が広がる足元に落としてこう続けた。 「……でもどうせならもうちょっと、早く出会ってればよかったのにね」 そこで言葉を切った彼女は、言葉を無くしたオレを残して、舞い散った銀杏の葉で黄色に染まる歩道を急に駆け出した。
先に行った彼女は、波打ち際の砂浜の上でぼんやりと海の方を見ていた。歩み寄るオレの足音に気付いて、慌ててこちらに向き直った顔は、走り出す前のいつもと同じ表情のようだけど、なんだか急に作り上げた笑顔のようにも見えた。追いついたオレに、彼女はこほん、とわざとらしく咳払いし、じゃじゃーん、と自分でご丁寧に効果音まで奏でながら、バッグから大切そうに何かの包みを取り出した。薄い包装紙とプチプチをほどいていくとそこには、真ん中が極端に細くシェイプされた、特徴的な形状のガラスの細長い瓶が乗せられている。 「なにこれ? ……もしかして、砂時計の器?」 そこまで言うと、彼女は悲しいことでも思い出したみたいに急に黙り込んで、波打ち際から少し離れた乾いた砂の上に跪く。そして足元に置いたアワーグラスのために、特にキレイに映えそうな白い砂を選ぶように集め始めた。 「時間って、なんで止められないのかな」 視線を砂浜に落としたまま、丁寧な動作で砂を掬い上げながら、ぼそりとそんなひとりごとをつぶやくように、オレもさっきひそかに願った儚い奇跡を彼女は口走る。 「楽しかった思い出も、今こうしてる時間だって、あっという間に流れていって。 それは今までに聞いたことがないくらい寂しげな声の彼女だった。 「来年はもう、わたしはここにいないから」 跪き、指で砂をすくい上げる彼女の姿はいつもよりなんだかずっと心許ない、悲しげな存在に思えた。すくう端からこぼれ落ちる砂はまるで、両手を突っ張ってどんなにあがいても、虚しく指の間をすり抜けてゆく時の流れそのもののようで。
揃えられた髪が俯いた頬にさらりと掛かり、思いがけず知る小さな背中にオレは戸惑う。 沈むように膝を落とした砂浜がぎゅっと鳴る。そして覆いかぶさる時の柔らかい衝撃と引き換えに、世界中の全ての音が止まった。
「……えと、なんか今すっげ寒そうだったし、 今日は夕陽も厚い雲に被われて見えない。寒々しい海辺で、砂に突いた両膝の先から冷気が這い上がってくる。それでも腕の中の存在だけは冷えないようにと願う。今はただひたすら、静かなだけの夕暮れ。 「……うん、寒くない。ありがとう」 じんじんと冷えてるであろう小さな指がオレの腕に触れた時、ようやくそれだけの言葉が聞こえてきた。 「砂が流れ落ちたら、オレが責任持って砂時計ひっくり返しつづけるし。 どれだけ時が過ぎても変わらないことがある、それはこうして奇跡的に出会ったこと。こうして一緒に誕生日を過ごせたこと。これから作っていく時間も、いつかそのうち過去に変わるけど、それはきっと一人じゃ感じられない、こんな温もりと共に思い返せるものになる。そのためになら、どんなに追いつけない距離が開いてたってオレは手を伸ばして、見失わないようにアンタを夢中で追いかけるから。 「……ふふ。ニーナは、心配性だなあ」 そう言ってオレの腕をほどき、振り返ると泣き笑いみたいな顔してた彼女は、ひざをくっつけるようにしてオレと向かい合う。
冷たい海風のせいですっかり凍えた手を今度は彼女が取って、膝の上、小さな両手で包み込むと、自分の熱で暖めるようにぎゅっと握りしめた。 (約束するよ。) 迷いのない瞳がまっすぐにオレを見上げた。両手を包んだまま、未来への小さな誓いは、まだ周りの誰も知らない秘密として、冬を迎える冷たい風の中でそっと重なった。 --------------------------------- 時間とか年の差の話を何度書けば気が済むんだってくらい繰り返し書いててすみません、
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