「まるで引かれ合ったみたいだよね、わたしたちって」

帰り道、茶化してるとも本気とも分かんないような調子で彼女は、前触れもなくそんなことを言い出した。そんな彼女はきっとオレより純粋で夢見がちで、たまに年の違いだって忘れさせるし、時にはむしろ向こうの方が幼く感じてしまうことさえある。けど突きつけられてる現実は必要以上にシリアスで容赦なくて、淡い夢を見ることも許さない。二人の間が、本当は決して縮めることのできない時間という距離に隔てられている限り。

厚く垂れ込めた雲の下で、踏みしめた足元の落ち葉がかすかな音を立てる。吹き抜けてく木枯らしの冷たさに思わず身を固くしつつ、どこまでも続くような海沿いの歩道をオレたちは並んで歩く。
今日の一限後すぐの休み時間、待ちわびたふうに彼女は廊下に現れた。大げさなプレゼントの包みと、こっちが照れるほどのお祝いの言葉も携えて。思えば昔、オレの前に現れた時から彼女はいつも、天然ってか天真爛漫というか、とにかく突拍子もなくて、先が読めない。 でも突拍子もないのは、オレだって同じなのかもしれないと思う。一番初めに雑踏の中から彼女を見付けて声を掛けたのは、紛れもなく自分の方だったわけだし。
ナンパの出会いから始まって、その後街で偶然の鉢合わせを繰り返した挙句、ある意味奇跡的に引き合ってこの高校で再会したことを思えば、さっきまるで二人は引かれ合ったようだと表した彼女の言葉も、あながち冗談だと笑い飛ばせなくなる。

それなら、あともう少しだけそんな奇跡の続きを。たとえば、このまま時の流れが止まるとか。
頭ではそんなことあり得ないって十分わかってるけど、誕生日の今日くらいは奇跡的な何かを期待したって、神様だってきっと大目に見てくれるはずだとオレはうそぶいた。

「……わたしね、どうやってても、きっとどこかでニーナとは出会ったと思うな」

両側に街路樹の並ぶ歩道を歩きながら、奇跡を期待するオレの今の気持ちを汲んだようにそう言ってくれた彼女はけれど、寂しそうに視線を枯葉が広がる足元に落としてこう続けた。

「……でもどうせならもうちょっと、早く出会ってればよかったのにね」

そこで言葉を切った彼女は、言葉を無くしたオレを残して、舞い散った銀杏の葉で黄色に染まる歩道を急に駆け出した。
いっぺんに寒さが厳しくなった今日は、晩秋なのにもうすっかり冬の気配も訪れていて、そろそろ手袋がいるかもってくらいに本格的な風の冷たさに、季節の移ろいを否応なしに感じさせられる。振り返ってみればあっけなく思えるほど足早に、あっという間に過ぎていった年月。
時の流れと同じように、自分を置いていく彼女の後ろ姿を、それでもオレは見失わないように追いかけて走り出す。
あと一週間もすれば今年最後の月がやってきて、その月が終われば新たな年がやってきて。
3年生の彼女たちにとって、高校生活最後となる年がもうじきやってくる。

先に行った彼女は、波打ち際の砂浜の上でぼんやりと海の方を見ていた。歩み寄るオレの足音に気付いて、慌ててこちらに向き直った顔は、走り出す前のいつもと同じ表情のようだけど、なんだか急に作り上げた笑顔のようにも見えた。追いついたオレに、彼女はこほん、とわざとらしく咳払いし、じゃじゃーん、と自分でご丁寧に効果音まで奏でながら、バッグから大切そうに何かの包みを取り出した。薄い包装紙とプチプチをほどいていくとそこには、真ん中が極端に細くシェイプされた、特徴的な形状のガラスの細長い瓶が乗せられている。

「なにこれ? ……もしかして、砂時計の器?」
「そう。アワーグラスっていうの。これで砂時計作ろうと思って。だから今日、どうしても一緒に、」

そこまで言うと、彼女は悲しいことでも思い出したみたいに急に黙り込んで、波打ち際から少し離れた乾いた砂の上に跪く。そして足元に置いたアワーグラスのために、特にキレイに映えそうな白い砂を選ぶように集め始めた。

「時間って、なんで止められないのかな」

視線を砂浜に落としたまま、丁寧な動作で砂を掬い上げながら、ぼそりとそんなひとりごとをつぶやくように、オレもさっきひそかに願った儚い奇跡を彼女は口走る。

「楽しかった思い出も、今こうしてる時間だって、あっという間に流れていって。
 ……それがどんなに大事で、取り戻したくて、なくしたくないって思っても。
 だからせめて今日の時間だけは、これに詰めておきたかった。
 ごめんね、一方的に付き合わせちゃったけど、でも今日はニーナの誕生日だから」

それは今までに聞いたことがないくらい寂しげな声の彼女だった。

「来年はもう、わたしはここにいないから」

跪き、指で砂をすくい上げる彼女の姿はいつもよりなんだかずっと心許ない、悲しげな存在に思えた。すくう端からこぼれ落ちる砂はまるで、両手を突っ張ってどんなにあがいても、虚しく指の間をすり抜けてゆく時の流れそのもののようで。
時計の中で流れ落ちる砂のひとつひとつに目を凝らすように、残された時間の重みを、意味を、オレはこれまでちゃんと受け止めてきたんだろうか。
砂がみんな流れ落ちてしまうその時が迫る中で。

揃えられた髪が俯いた頬にさらりと掛かり、思いがけず知る小さな背中にオレは戸惑う。
くすんだ空の色を映す海のほとり。足元の砂を掬っては器へと運んで、諦めることなくけなげにそれを繰り返す彼女は、強まる風に晒されてひどく寒そうで、誕生日にこうやって一緒にいられるのに、立ち尽くすオレは胸がつまるような気がしてて、さっきまではしゃいでた彼女はなぜか、今にも泣きだしそうに見えた。

沈むように膝を落とした砂浜がぎゅっと鳴る。そして覆いかぶさる時の柔らかい衝撃と引き換えに、世界中の全ての音が止まった。
−正確に言えば、耳元でゴウゴウと鳴る海風と、その合間でたまに打ち寄せる波の音と、そして背中から彼女を包んだ自分の心臓の音だけを除いて。
衝動的に動いてしまった今の状態を、うまく彼女に弁解する言葉が見つからない。普段の自分ならいくらでも、それらしい台詞なんて思いつくのに。

「……えと、なんか今すっげ寒そうだったし、
 こうしてっとちょっとはあったかいかな?、とか」

今日は夕陽も厚い雲に被われて見えない。寒々しい海辺で、砂に突いた両膝の先から冷気が這い上がってくる。それでも腕の中の存在だけは冷えないようにと願う。今はただひたすら、静かなだけの夕暮れ。

「……うん、寒くない。ありがとう」

じんじんと冷えてるであろう小さな指がオレの腕に触れた時、ようやくそれだけの言葉が聞こえてきた。
小さなアワーグラスに今日の時間を詰めようとした彼女の気持ちが、こうしてると直に伝わってくるような気がする。
アンタのいない来年の景色は確かに、今までと全然違うものになってるかもしれないけど。
だけど砂時計は砂が全部流れ落ちてしまっても、ひっくり返せばそこからまた時間は増えてゆく。流れ去ったのと同じ時間は来ないけど、また別の時間を積み重ねられる、たとえばこんなふうにして一緒に、これからは、だから、

「砂が流れ落ちたら、オレが責任持って砂時計ひっくり返しつづけるし。
 だから、いなくなるとかカンタンに言わないで。
 来年の誕生日も、これからだって、こうしててよ……」

どれだけ時が過ぎても変わらないことがある、それはこうして奇跡的に出会ったこと。こうして一緒に誕生日を過ごせたこと。これから作っていく時間も、いつかそのうち過去に変わるけど、それはきっと一人じゃ感じられない、こんな温もりと共に思い返せるものになる。そのためになら、どんなに追いつけない距離が開いてたってオレは手を伸ばして、見失わないようにアンタを夢中で追いかけるから。

「……ふふ。ニーナは、心配性だなあ」

そう言ってオレの腕をほどき、振り返ると泣き笑いみたいな顔してた彼女は、ひざをくっつけるようにしてオレと向かい合う。 冷たい海風のせいですっかり凍えた手を今度は彼女が取って、膝の上、小さな両手で包み込むと、自分の熱で暖めるようにぎゅっと握りしめた。
いなくならないよ。ここにいるよ。まるでそう言ってるように、
その確かな存在を小さなぬくもりで証明するように。

(約束するよ。)

迷いのない瞳がまっすぐにオレを見上げた。両手を包んだまま、未来への小さな誓いは、まだ周りの誰も知らない秘密として、冬を迎える冷たい風の中でそっと重なった。


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時間とか年の差の話を何度書けば気が済むんだってくらい繰り返し書いててすみません、
しかしまた書きそうな気がします。

ニーナ、誕生日おめでとう。 
いつまでも大好きだよ。

ありったけの愛を込めて。 




(2011.11.25)