「卒業式前日のニーナ」というお題を頂いて。

6人の中でたった1人後輩のニーナにとって、バンビの卒業式は、
より特別なものに映ると思うのです・・・

 *とても美麗な挿絵をみえさんから頂きました!
  本当にありがとうございます!!(*´▽`)

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クシュン!

風が吹くと同時に会話を遮って、隣から盛大なくしゃみの音が飛んできた。
「もしかして花粉症?」
「んー、そうかも。やだなあ、もう始まったのかなあ……」
鼻をこすってアンタが照れくさそうに笑う。能天気に晴れた午後の、
こんな何でもないワンシーン。

「あ、もしかしたら今、誰かがわたしのウワサとかしてるのかも! ニーナじゃないの?」
「バレた? ……って、オレ今の今までずっとアンタの隣にいたし!」
そう言ってお約束で突っ込むと、ふふふとかって笑って空気をなごませる、
普段通りの何の変哲もないやりとりに。
なんだかいつまでもこうやっていられそうな気がする。ほんとは何も変わらないまま、
これからもこんな毎日が続くんじゃないかって、ふとそんな思いが頭をよぎる。

「あーあ、これからは、オレに会えないからってアンタ寂しがるんだろうなー」
「えー?」
「あ、ヒッデェ! ちょっとくらい寂しがってくれてもバチは当たんねえんじゃね?」
自分のことは隠して強がんのなんてもう慣れっこだし、今日は笑ってる方がマシ。
いま少しでも油断したら、寂しい気持ちがどうしようもなく溢れ出しそうになるから。

カレンダーをめくるたびに残された時間は減っていき、その代わりに言えない思いだけが募ってく。
青と白のコントラスト。ただ高いだけの空の下で、アンタがオレを呼ぶ声が、耳の奥で繰り返す。

立春なんて名ばかりで、まだ冬の厳しさが抜けない風の中にも、このところほんのわずかに
ぬるんだ気配が混じり始めた。
春なんてまだまだずっと先だと思っていたのに、季節は確実に巡っていて、もう半月もすれば
森林公園の並木道では桜が開き始めて、冬の間寂しげだった芝生広場の足元でも
小さな草花が春の訪れと共に芽吹き出すんだろう。
寒々しい光景で立ち並んでいた街路樹からも、期が熟すのを待っていたように
若芽が小枝の先に顔を覗かせ始める。

薄雲の架かる空。柔らかくなる陽射しに、いろんなものが輝いて見える春。
そう、こんな日を迎えるのはまだ、ずっと先のことだと思ってた。

吹き抜ける春一番が、前髪が隠す彼女のおでこを軽やかに上げて、
短めに切り揃えられた髪の先を揺らしていく。
それに応えるように優しくふわりと笑った彼女は、明日、この学校を卒業する。

昨日までと何一つ変わらない風景の中で、たったひとつだけ見失うものに戸惑いながら、
明日からオレはこの道を通う。

白線も、信号も、二人で歩いた大通りも。海岸も、喫茶店も、彼女を追いかけた坂道も。
曲がり角から見えた景色、取り囲む眺めは何も変わらないのに、
二人で一緒に見てきた何気ないものたちが今とりとめもなく胸の中いっぱいに溢れ出す。
積み重ねてきた思い出は一人で数えるにはまだ重すぎて、
今はただアンタとの会話が途切れないように言葉を探すフリをする。

「……なあ。写真、一緒に撮ろうぜ」
「えっ? 明日卒業式なんだから、明日撮ればいいのに」
明日はアンタ、忙しいだろ、どうせ。何も分かってねぇのな。
相変わらずだよな、大事なこと気付かないまま。結局最後まで。
「いいの。今日だからいいんじゃん」
アンタを独り占めできる最後の日なんだから、これくらいのワガママ言わせてよ。

携帯取り出して、カメラに切り替える。
隣に並んで頬を寄せて、ほら笑わねぇと。最高のいい笑顔で写ってよ?
大切な思い出のツーショットになるんだし。
気が緩むと目から何か溢れそうになるから、画面の自分の顔に精一杯笑って、
わざとおっきな声で叫んだ。

「ハイ、チーズ!」

  ◇ ◇ ◇

後ろ手にカバンを提げて、少し先を歩くアンタはこれから目の前に広がる未来を見てる。
その先まで追いつけないんなら、どうか今日だけはいつも通りでいさせてよ。
そしてちゃんと覚えておくから、ここでもいちど、今までみたいに名前を呼んで。
後輩として、アンタのことセンパイって呼べる最後の日に。

言いたかったこと結局何も伝えられないままで、かけがえのない季節は過ぎてゆく。
悪いのは気付かなかったアンタじゃなくて、大事なことうやむやにしようとしてるオレの方。

アンタからもらったいろんなもの、出会った時のこと、掛けてもらった言葉、笑い合った思い出が、
時間を巻き戻すようにまぶしい色彩をもって胸の奥に浮かぶけど、それを言葉になんてできなくて、
改めてちゃんと言葉にしようとすると、ぎりぎり踏ん張ってきた今日のオレがダメになってしまいそうで。

だから彼女の背中を見送りながら、さっき撮ったばかりの写真をメールに付ける。
アンタとの風景を閉じ込めた写真に、たったひと言だけを添えて。

 『今までたくさん、あーんがと。』

真新しく、晴れやかな気持ちで明日を迎える彼女へと。
いつかまた、見返してもらえる日が来るように。後ろで送信ボタンを押して、静かに目を閉じた。






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好きだけど、バンビの方が本命でなくて、
教会に現れることのできないキャラはこんなことを考えてるのかな。なんてね。






(2011.2.18)