ニーナ視点SS。変則三角形・ニーナvs玉緒 その3。完結編。

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大きく吐いた白い息が溶けるように、冷たい空気になじんで消えていく。
地面に張りつく落ち葉を踏みしめ通りを急ぎながら、
前を開けたままのコートから吹き込む北風に身を縮めた。

両側に並んだ街路樹もすっかり葉を落として寂しい姿へと変わり、
まるで物憂げなこの季節のムード作りに一役買ってるようにも思える。
でも今日ばかりは、そんな情緒的な冬の風景に想いを馳せてるゆとりがない。

ポケットの中の携帯を握り締め、落ち着かない気持ちのまま足を速める。
その携帯に昨日、玉緒さんから送られてきたメールを思い出しながら。

「話がある。明日、駅前広場で待っている。

 ・・・君に、本当にそれだけの覚悟があるのなら」

書かれていたのはこれだけだった。
覚悟? その意図は図りかねたままだったけど、覚悟なんてもうすでにできてるし。
オレにだって一応プライドがある。それに
オレらのこと、これ以上うやむやにしておくのも、もうイヤだから。


この間、生徒会室での一件があってから、玉緒さんとはもちろん、
彼女ともほとんど話ができてなかった。
部活で見かけても顔を合わすのもぎこちなくて、というよりなんて話しかけたらいいかも分からないまま避けるようにロードワークに出たりして。

それにあの日から、彼女のほうもやっぱり、どことなくオレに対する態度が違う気がする。
よそよそしい空気が漂う日々。
仲良かった頃には想像もしなかった、二人の間にできた溝に隔てられているように。

もちろん彼女のことを諦めきれたわけじゃない ・・いっそのこと、
嫌いにでもなれたらラクなんだろうけど。
背中合わせで、すれ違うような今のオレたち。
もうあの頃には戻れないのかな、って不安が頭をもたげる度に、
胸に何かがつっかえるような重苦しい痛みがこみ上げる。
・・・だけどもし、このままオレらの関係フェードアウトさせた方が、彼女のためになるんだとしたら、
彼女が本当にそれを望むんなら。
離れるだけの覚悟もできてるつもりだった。

なんにしろずっとこのままじゃダメだって思ってた。
そろそろ、決着を付ける時が来たってこと。
もし、彼女の気持ちがあの人に向いてんだとしたら、それは潔く受け入れる。
でもその前に、きちんと自分の気持ちも伝えるつもりだった。
−−今日、玉緒さんの方は、一体オレに何を伝える気なのかは分からないけど。


逸る気持ちを抑えるように到着した駅前広場は、普段の休日以上に多くの人が
忙しげに行き交っている。
手に手に買い物の袋を持って通り過ぎる人たち。
今日バーゲンやってるジェスの袋もちらほらと目に入る。
明日のクリスマスイブを控えて、ここはばたき市のムードも今まさに
最高潮に盛り上がってる感じで。
今年のオレは明らかに、そんな幸せな空気からひとりかけ離れてるんだろうけど。

・・・そういえば一番最初、彼女を見かけたのもこの場所だった。
同じように買い物帰りで、嬉しげに手に袋を提げてて。
声を掛けたのは、後ろからでも、なにかひときわピンと来るもんを感じたから。
今にして思えば、その予感は的中してたわけだけど。

そうちょうど今、あそこに立ってる人みたいに。ちゃんと流行押さえつつも独特の雰囲気があって、
なんか人と違うオーラ出てて、思わず前に回りこんで顔を確かめたくなる感じの・・・
・・・・・・

てかあれ、まじで、彼女じゃね・・・?

ほぼ同時にこちらに気付いて振り返った顔は、オレと同じようにひどく驚いている。

「ニーナ・・・? どうして?」
「それ、こっちのセリフだって」
「わたし、玉緒先輩にここに呼び出されて・・・」
「え?オレもそう。・・じゃ、玉緒さんは?」

辺りを見回してみるけど、賑やかな人込みにいくら目を凝らしても、
それらしき姿は見当たらない。
時計を見るともう待ち合わせの時刻は過ぎてる。
こんな時に遅れてくるようなキャラじゃねえと思うけど・・

不意に携帯が震える。また玉緒さんからのメール?
ドキリと胸が鳴る。
訝しみつつ、でも少し緊張気味に急いでメールを開く。

「彼女とは会えた?

 これだけ伝えておくよ。
 
 ・・・君に、本当にそれだけの覚悟があるのなら、

 いつか僕に見せて。彼女の心からの笑顔を」

なに、これ・・・。 どういうこと?
今までの出来事が不意に頭の中を駆け巡る。あの時の表情も、発せられた言葉も。
悲しげな瞳の色も胸を貫いた思いも。
去来するたくさんの感情に液晶の文字を見つめたまま立ちすくみ言葉を失った。
・・・もし、これが、彼なりの覚悟。彼なりの決着の付け方なんだとしたら。
オレと彼女を呼び出した時からすでに彼の計画は始まってたんだとしたら。
−−これが彼の、彼女への愛情なんだとしたら。

玉緒さんはここには来ない。
・・・でもさ、見せてとか言われたって、彼女の気持ちは・・

「わたし、玉緒先輩と話をしたの」

沈黙を破るように、伏目がちに足元を見つめていた彼女がぽつりとつぶやく。

「気が付いたんだって。分かったって伝えたの。・・・一番そばにいたいと思う人が。
 −−たぶん一年前に、ここで会った時からずっと、そう思ってたんだって」

「・・・・。それって・・・」

黙ったまま、意を決したように落としていた視線をこっちに向ける。頬が徐々に色づいていく。でもまっすぐに、強い意志をたたえたその瞳は逸らすことなくオレの目を見据えてる。

「わたしが、そばにいたいのは・・・」

ちょっとためらって言葉を止めた後、口を開いた彼女の声がゆっくりと耳の奥に響く。
−−呼ばれ慣れた、その名前を聞き終わるよりも前に。
気が付くと周りの目も気にせず、手を伸ばし思いきり抱きしめていた。

「ニーナ、苦しいよ・・・」
腕の中でアンタが小っちゃくつぶやくけど、そんなこと気にしてなんかいられない。
溢れ出す気持ちをぶつけるように、もっともっと強く。
コート越しに伝わってくるアンタの鼓動も。背中に回した腕から感じる温もりも。
小さな肩越しに揺らめくクリスマスツリーの灯りも。
忘れない、今日のこと。今この瞬間に見えている景色すべて、感じたことも。

何よりも−−その決断をした、玉緒さんのために。

赤く白くかわるがわる灯る街のイルミネーションが、雑踏の中で立ち止まったままのオレたちを
いつまでも静かに照らし出していた。







(2010.12.03)