ニーナ視点SS。変則三角形・ニーナvs玉緒 その2。モメ状態突入。

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遠くに運動部の掛け声が小さく響いてる。
熱気のこもった部室の外に出ると、冬の切るような空気がなおさら冷たく頬に刺さった。

手には彼女が持って行き忘れたメンバーリストのファイル。
次の練習試合の書類を出してくるって部室を出てったあの人の後を追いかけて、
中庭を突っ切りオレも生徒会室へと向かう。

冬の午後、時間はまだ4時を過ぎたくらいなのに、冬至が近い今の時期は早くも薄暗くて
特に厚く垂れ込めたような雲が覆う今日の空模様だと、
まだ日没前なのに変な薄気味悪さすら漂う。
・・・こういう空気ってどんよりってか、なんか不気味でヤな感じ。
身震いひとつして駆け出すように足を速めた。


階段を登り人気の無い廊下を通ると生徒会室の前までやってくる。
開こうと扉に手をかけたその時 −不意に何かイヤな予感がした。
小さな物音。人がいる気配がする。でも−−
なぜだか妙な胸騒ぎを覚えた。

様子を伺うように静かにそっと扉を滑らせる。

開いた扉の隙間から目に飛び込んできた、

瞳を閉じたままの紅潮した彼女の顔。
その口元に覆いかぶさるように重なる男の首筋。
手首を拘束されたままで−−キスされてるアンタの姿。

自分の鼓動が一瞬ドクンと音を立て、耳の奥で響いた。
突然何かで殴られたように頭の中が真っ白になる。
意味を飲み込めないまま、掻き乱される頭とは逆に
すうっと全身の血が下がるような感覚に体から力が抜けていく。

持っていたファイルが、だらりと下がった手からすり抜けるように落ちた。
冷たい音が部屋に響く。その音は二人の耳にも届いたようだった。

「なにやってんの、アンタ・・・・」

搾り出すようにやっと発した言葉は、
理由を求めていたのか、誰かを責めていたのか、自分でも分からない。

その声に反応するようにゆっくりとこちらを振り返る顔。

玉緒さん。

彼女とよく一緒にいるところを見かける。校内でも、そして校外でも。いろんなウワサも聞いた。
頭脳明晰で二年連続の生徒会長。
校内で知らない人がいない有名人。この人だけは相手にしたくないって正直思ってた。
オレと全然違うから。まぶしくて・・・オレじゃかなわねぇから。

でも気付いてたよホントは。アンタも彼女のこと、想ってんの。たぶん、オレより昔から。
それはどうしょうもない、だけど・・・!
冷静さを取り戻すにつれ、失意と動揺で埋め尽くされてた感情が全て怒りに変わる。
向き直り、睨み付けるようにして真っ直ぐに彼の瞳を捉えた。

「そういうやり方で奪うとか、アンタにしてはずいぶん手口が卑怯じゃねぇ?」

オレがあの人にできる精一杯の抵抗。

「・・・君には分からないんだ」

目を逸らす視線が、とてつもなく悲しそうで、思わずオレまで懐柔されそうになる。

「じゃあの人の気持ちはどうなんの? 今のアンタ、ちゃんと彼女のことなんか考えずに−−」

「じゃあ君は、彼女のことが本当に全て分かっているとでも?
 完璧に彼女の気持ちを受け止めてきたと言える?理解してきたって言えるのかい?」

さっきの憂いを帯びた視線から一転、まるで別人のように刺す鋭い眼差し。
その目には全てを見透かされてるような気持ちになる。
そう言われ、急に不安が募る。
これまでの彼女との日々も、絆も、全て薄っぺらなものだったのかと。
黙り込んだオレに、張り詰めた視線をこちらに向けたまま続ける。

「−−僕は本気だ。中途半端な気持ちなら、君に譲るつもりはないよ」

背筋に嫌な汗が流れた。オレと対照的に落ち着き払ってるこの人の本気は
言われるまでもなく、この部屋に入った時の異様な雰囲気ですでに感じてた。
でも、それでも−−

「オレも絶対、アンタには渡さねぇから」

思わず、彼女の手を乱暴に掴み生徒会室を飛び出した。
行き先なんて考えてない、けどとにかくどこかへ。どこでもいい、二人きりになれる場所を探した。

目の端に映った突き当たりの扉を力任せに押し開け、薄暗い非常階段へと出る。

息も整えずに勢いのまま彼女を踊り場の壁に押し付けた。
顔の横に両手を付き、どこにも逃げられないように閉じ込める。
両腕に挟まれた彼女の黒目がちな瞳が、また少しおびえた色でオレを見上げた。

その瞳を真っ直ぐに見据えたまま、抑え込んだ気持ちをぶちまける。

「さっき何された? ・・・なんで、あんなことになった?」

「・・・・・」

「言えよ。アンタの気持ちどこにあんだよ。アンタと玉緒先輩ってホントはそういう関係?
 じゃ今までのオレへの態度って一体なんだったわけ?
 人の心、もてあそぶのもいい加減にしろよ。
 アンタの方がああいうの望んでたの? ・・じゃお望みどおり、オレからもしてやろうか?」

違う。こんなこと、アンタに言いたいわけじゃないのに。分かってるのに。
やりきれない思いと湧き上がる嫉妬に押し潰されそうになって、心が悲鳴を上げる。
こんな形でアンタに感情をぶつけるしかない自分がひどく醜くて、情けなくて。
余裕なんてとうに消え失せた心が、重ねた罪悪感でますます壊れそうになる。

彼女が黙ったまま泣き出しそうな表情を見せてるのは、
今の自分が今までで一番、冷たい声をしてるせいもあるかもしれない。
これまでアンタに見せたことのない顔。
でも、今のオレにはそれを取り繕う余裕が無かった。
これだけムキになって喰らい付いたのも初めてだった。

結局、さっきのことに対してどんな弁解の言葉を聞いたところで納得なんていくはずなかった。
ただ、なんで、どうしてって言葉にならない問い掛けだけが渦巻いて
自分の中で虚しく何度もこだまする。
オレがそれを問い詰められる資格がないのは知ってるけど、
今のアンタの行動に口を挟める身分でもねぇけど、
だからってさっきの状況を甘んじて受け入れ理解する気には到底なれない。
震える声でようやく訊ねた。

「やっぱさっきの、ムリヤリされたとか? そうならオレ、あの人のこと絶対に−−」

「玉緒先輩のこと責めないで・・・。玉緒先輩は、悪くない」

消え入りそうにやっとそう答えた声を聞いて、さっきの血が引くような感覚が蘇る。
アンタの心は、つまり、そういうことなの? ジャマしたのはオレの方?
そうなら・・・ひとり夢中で熱くなってた自分、なんかバカみたいじゃん・・・
全てが流れ出すように力が抜けていくのと同時に、オレの中に積み上げてきたものも脆く崩れていく気がした。


キスされてるアンタを見たあの瞬間。
生身の心を引き裂かれるようなとても冷たくて痛い感覚だった。
こんなにも・・・他のヤツに奪われるのが辛いってこと、こんな風に目の前で知りたくなんてなかった。

アンタのこと、これからどうしたらいい? どうすればこの気持ちは救われんの?
いっそのことオレもあの人と同じことすれば上書きされんの? ・・・アンタのあの人への想いに。

いろんな感情が頭の中を駆け巡るけど、答えも出ないまま、
アンタを閉じ込めることもできずにその場に立ちすくむ。
結局オレには何もできない。アンタのことを思うなら、もうオレは、これ以上・・・
壁に両手を付いたまま、たぶん多少の怒りもはらんだ目でじっと彼女を見つめていた視線を、静かに床に落とした。

同時に瞳からこぼれてくる熱いもの。後から後からあふれ出て、止めらんなかった。


・・・その時静かに、温かい指がオレの顔に触れ、そっとなでるように濡れた頬をぬぐう。
まるで壊れものでも扱うみたいに、とても優しい仕草で。

もう一度アンタを見遣ったオレは多分、捨てられた仔猫みたいな顔してたかもしんない。
あんなひどいこと言ったのに、それでもアンタは助けてくれんの?
あんな傷付けたのに、それでも許してくれんの?
痛みを癒すようになぞるその指先が、砕け散りかけてた心を安らぎで満たしていく。

腕の中に閉じ込めてオレのものにするつもりが、いつの間にか彼女の方に包まれていた。
どうしたらいいのか、今はまだ分からない。ただ、
さっきの出来事を忘れてしまえるくらい、いつまでもこの時が続けばと願うくらい、
いまこの瞬間をとても幸せに感じていた。


To be continued...







(2010.10.26)